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松本裕樹は3人兄弟の次男!実家は野球一家だったエピソード7選!

松本裕樹は3人兄弟の次男!実家エピソードのタイトル記事 プロ野球
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福岡ソフトバンクホークスで活躍する松本裕樹投手。

その強さの背景には、実家の家族構成や幼少期の環境も大きかったと思われます。

松本裕樹投手は3人兄弟の次男で、兄・弟ともに野球経験者です。

  • 2歳年上の兄
  • 4歳年下の弟

実家は横浜市にあり、両親も含む家族5人で野球に打ち込んできた“野球一家”なのです。

今回は、松本裕樹選手の家族構成や実家でのエピソードを中心にご紹介していきます。

こんな方におすすめ!
  • 松本裕樹の兄弟や家族構成について知りたい方
  • 松本祐樹がどんな環境で育ってきたか知りたい方

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松本裕樹は3人兄弟の次男!5人家族で兄も弟も野球選手だった?

出典:週刊ベースボールONLINE
松本裕樹のプロフィール
  • 松本裕樹
    (まつもと ゆうき)
  • 1996年4月14日生まれ
    (2026年時点:29歳)
  • 神奈川県横浜市 出身
  • 血液型:A型
  • 福岡ソフトバンクホークス
    (2014年ドラフト1位)

実家の家族構成は?

出典:読売新聞オンライン

松本裕樹投手の家族構成は、5人家族です。

  • 父:
    浩さん
  • 母:
    末江さん
  • 兄:2つ年上
    健太(けんた)さん
    →1994年度生まれ
  • 本人:
    裕樹(ゆうき)投手
    →1996年度生まれ
  • 弟:4つ年下
    跳馬(しゅうま)さん
    →2000年度生まれ

松本裕樹投手のご両親は、3人の息子それぞれの野球人生を、日常の中で支え続けてきました。

幼い頃から家族に見守られながら野球に打ち込んできた経験が、松本裕樹投手の土台となっているようです。

3人兄弟そろって野球に打ち込んできたよ!

兄がライバル?

出典:日刊スポーツ

松本裕樹投手には、2歳年上の兄・健太さんがいます。

兄・健太さんは一番身近で大きなライバルでした

東海大高輪台高校 出身
元フェデックス
→兄・健太さんは、社会人野球を経験しています。

兄・健太さんが、小学生の頃に“南瀬谷ライオンズ”に入団したのをきっかけに、

松本裕樹投手も、入学前から入団したそうです。

松本の地元は神奈川県横浜市瀬谷区。兄・健太(東海大高輪台高〜元フェデックス)の後を追って、幼少期から南瀬谷ライオンズに入団。

引用元:Sportsnavi



松本裕樹投手と兄・健太さんは、幼い頃から同じチームで練習しながら、切磋琢磨してきた関係だったようです。

2歳差で年も近いもんね。

兄・健太さんは一般の方のため、現在は詳しい経歴や活動については多く語られていません。

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弟もスゴイ!

出典:日刊スポーツ

松本裕樹投手の弟・跳馬(しゅうま)さんは、4つ年下です。

弟・跳馬さんは、二人の兄の背中を追いかけるように野球を始めています。

また、弟・跳馬さんも松本裕樹投手と同じ盛岡大学附属高校へ進学しました。

惜しくも甲子園出場は叶いませんでしたが、
左腕のエースとして活躍しました。

プロ野球選手として有名になっていたこともあり、弟・跳馬さんは、話題となることも多かったです。

松本裕樹投手と弟・跳馬さんのプロフィールを並べました。

松本裕樹松本跳馬(弟)
右投げ左打ち左投左打ち
182㎝/82kg184㎝/85kg
盛岡大学附属高校盛岡大学附属高校
福岡ソフトバンクホークス
→2014年ドラフト1位
富士大学(岩手県)
→2019-2022年



弟・跳馬さんは、高校卒業後は、松本裕樹投手とは異なる道として大学進学を選択しました。

兄の背中を見ながらも、自分なりの歩み方を大切にしていたことが伝わってきます。

盛岡大付OBの兄・裕樹は、2015年ドラフト1位でソフトバンク入り。弟として入学当初から比べられることが多く「最初は嫌だったが、吹っ切れた」。兄と違う道を選択し「4年間で兄にはない、素晴らしい経験ができる。4年間で兄を超えたい」と胸を躍らせる。

引用元:サンスポ

弟・跳馬さんも一般の方のため、現在は詳しい経歴や活動については情報が限られています。

松本裕樹の実家が野球一家だったエピソード7選!

出典:東スポWEB

①野球漬けの日々

松本裕樹投手の実家が野球一家だったエピソード1つ目は、野球漬けの日々だったことです。

「ほぼ野球しかしていなかった」

と、少年時代を振り返る松本裕樹投手。

兄についていく中で、幼稚園の年中から野球の練習に参加するようになりました。

松本裕樹投手は、その幼い頃から「プロになりたい」という思いがあったと語っています。

「小学生の頃は、練習が休みの日も友達などと集まって遊びとして野球を楽しんでいた」という。プロになりたいという思いも、始めた頃から自然とあった。

引用元:タウンニュース

遊びと練習の境目がないほど、野球に夢中だった少年時代が伝わってきます。

純粋に野球が好きだったんだね!

②父・浩さんとのキャッチボール

松本裕樹投手の実家が野球一家だったエピソード2つ目は、父・浩さんとのキャッチボールです。

父・浩さんは、仕事の合間を縫っては、

  • 近くの公園
  • 和泉遊水地
    →横浜市泉区のスポーツ広場

などで、キャッチボールを重ねていたそうです。

キャッチボールのために近所の公園や和泉遊水地などへ足を運んでいた。

引用元:タウンニュース

横浜市泉区の“和泉遊水地”は、スポーツ広場として有名です。

出典:横浜市泉区ホームページ(和泉遊水地)

松本裕樹投手の実家は、横浜市瀬谷区なので、泉区の和泉遊水地まで車で約10~20分くらいかもしれません。

親子の時間が成長につながっていったんだろうな。

松本裕樹投手は、父・浩さんから、技術だけでなく、野球への向き合い方も自然と学んでいったのだろうなと思います。

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③登校前のランニングと夕方の素振り

松本裕樹投手の実家が野球一家だったエピソード3つ目は、登校前のランニングと夕方の素振りです。

松本家では、父・浩さんも指導しながら

  • 登校前のランニング
  • 夕方の素振り

この2つは日課となっていたそうです。

“継続は力なり”

特別な事としてではなく、自然に習慣化されていたことがプロ野球選手の道へとつながっていったのでしょう。

習慣化するってすごいことだよ。

④兄弟で“シャドーピッチング”

出典:日刊スポーツ
(シャドーピッチングする松本裕樹投手)

松本裕樹投手の実家が野球一家だったエピソード4つ目は、兄弟で“シャドーピッチング”です。

実際に投げなくても、
フォームや動きを確認する“シャドーピッチング”

よくタオルを持ちながらピッチングの練習するのを見ることもあります。

松本家の兄弟たちは、自然と競い合いながら、家の中でも練習に励んでいたようです。

兄とも切磋琢磨し、母の末江さんは「家の畳が擦り切れるほど、シャドーピッチングしていた。意識し合うような良きライバルだったのでは」と懐かしむ。

引用元:タウンニュース

畳が擦り切れるほどのシャドーピッチングは、松本家の兄弟にとって“当たり前の風景”だったのかもしれません。

擦り切れた畳が兄弟の勲章だね!

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⑤二刀流だった?

出典:タウンニュース
(小学生時代の松本裕樹投手)

松本裕樹投手の実家が野球一家だったエピソード5つ目は、二刀流に育ったことです。

松本裕樹投手は、小学生時代に所属していた南瀬谷ライオンズでは、

  • 5年生頃からエースピッチャー
  • 球の速さ
  • コントロールの良さ
  • 打者との駆け引き
  • 打線でもホームラン

という活躍ぶりだったそうです。

当時の監督だった内藤三喜男さんによると「5年生の頃からはエースピッチャー。球の速さではなくコントロールの良さや打者との駆け引きの巧さが強みだった。打線の中心も担い、大人顔負けのホームランも打っていた」という。

引用元:タウンニュース

中学時代に所属していた強豪チーム・横浜瀬谷ボーイズでは、バッティングも良かったようですが、投手メインだったようです。

松本裕樹投手は、実力でチームを引っ張る存在でした。

⑥兄弟そろって優勝投手!

出典:タウンニュース
(右:中学の瀬谷ボーイズ時代の杉山監督)

松本裕樹投手の実家が野球一家だったエピソード6つ目は、兄弟そろって優勝投手になったことです。

小学校時代、南瀬谷ライオンズで、
兄弟3人とも横浜市大会で優勝投手になっています。

同じ大会で兄弟3人とも結果を残すのは、簡単なことではありません。

松本家の兄弟が3人とも優勝投手になった理由として…

  • 兄弟で高め合える環境
  • 野球にハマれる環境
  • 親のサポート

という点があげられるかもしれません。

健太さんを一番のライバルとし、素振りの回数も競う負けず嫌いな性格で、小さい頃からプロ野球の試合を食い入るように夜遅くまで見ていたという松本選手。

引用元:タウンニュース

時間を忘れるほどに、野球の試合が面白くて仕方なかったのかもしれません。

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⑦なぜ盛岡大学附属高校へ進学した?

出典:週刊ベースボールONLINE

松本裕樹投手の実家が野球一家だったエピソード7つ目は、盛岡大学附属高校へ進学したことです。

なぜ、松本裕樹投手は、地元・横浜を離れて盛岡大学附属高校へ進学したのでしょうか?

松本裕樹投手は、インタビューで、

  • 寮生活で野球に集中できる環境がよかった
  • 甲子園に一番近い学校へ行きたかった

という理由で、高校の進学先を決めたと語っていました。

実家から離れた地だが、「寮に入り、野球に集中できる環境に身を置きたかった」と抵抗はなかった。末江さんは「『甲子園に一番近い学校』へ行きたいと言っていた。携帯を持っていくことができず、連絡もなかなか取れない環境で不安もあったが、良い同期に恵まれて過ごせたと思う」と頬を緩ませる。

引用元:タウンニュース

強い決意と家族の理解と後押しがあったからこそ、決断できた進路だったように思います。

幼いころから「プロ野球選手になりたい」という夢をもっていたんだもんね。

横浜の実家を離れて、甘えることができない環境を敢えて選んだ松本裕樹投手。

野球に集中してきたことが、大きな成長につながっていったのではないかと思います。

まとめ

松本裕樹投手は、父母と3兄弟の5人家族で育った横浜の野球一家です。

幼少期から兄弟そろって野球に打ち込み、家族の支えの中で実力を伸ばしてきました。

実家での環境や積み重ねが、プロ野球選手・松本裕樹投手の原点となっています。

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